誰かに遠慮しながら生きている人へ

あなたは誰かに遠慮しながら生きていませんか。

職場の上司、友人、家族、親戚。

『遠慮しながら』というのは、結局『目を気にしながら』生きているから行き着く態度です。

何かをするとき、『何か言われるんじゃないか』『どう思われるだろう』と体裁を優先することで、遠慮した行動になってしまうのです。
自分を良く見せようとしているに過ぎません。

遠慮しながら小さくなって生きる必要なんてありません。

何を言われても思われても関係ない。
自分は自分。

自分の生き方を人に委ねるのはやめましょう。

自分をもっと認めてあげることです。
自分の人生にもっと責任を持つことです。

きつい言い方かもしれませんが、人に委ねた生き方は卑怯な逃げの生き方ではないでしょうか。

遠慮しながら生きている人は、多くが優しくて気遣いができる方だと思います。
そんな方がどっしりと自分に責任を持ったとしたら、強烈な人格になるでしょう。

自分の人生は自分で決めればいいんです。

ただ、遠慮しないということは、決して迷惑をかけてもいいということではありません。

ニュアンスが近いものがあるので勘違いしがちなところです。

実際人に迷惑をかけて自分勝手に振舞っている輩が、「自分は自分」などと嘯いているのを見ることもあります。

そこには『責任』がありません。
『思いやり』も『愛』も『感謝』もありません。

ただ横柄なだけなのです。

そうではなく、感謝や思いやりの気持ちを持って、その上で『自分の人生は自分が全ての責任を取る』という気概を持つ。

言いたいことも言えばいい。
気が弱いのなら小さなことを1つだけでもいいから言葉で伝えてみてください。

遠慮しない人生は、後悔しない生き方につながりますから。

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